人付き合いが疲れる、面倒だと感じる人へ – ゆるく生きるを考える④

「ゆるく生きる」を真面目に深く考える同企画も4回目。今回のテーマは「コミュニケーション」「人間関係」です。ゆるい人付き合いを考えていきます。

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孤独を受け入れる

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「人付き合いをテーマにしといて、いきなり孤独ときたか」と思うかもしれません。でも、人付き合いを語るにあたり、まずは孤独を考えてみたいと思います。

孤独というと言葉を使うと、なんとなくネガティブな感じがします。「ぼっち」と言い換えれば、さらに寂しい印象になりますね。

中立的にいうならば「1人であること」です。個人的に「孤独」には、独特の世界観があって、かっこいいイメージも持ちますけどね。「孤独のグルメ」なんかは、まさに独特の世界観って感じです。

まあでも、多くの人が孤独は耐え難いと思うでしょう。当然、人は社会的な動物ですから他者が必要です。といっても、常に必要なわけではないはず。現代はネットの普及も相まって、”つながりすぎる”時代です。これは、SNS疲れにも言及した同企画の第1回でも述べた通り。

つながりすぎるのがスタンダードになると、せっかく1人の時間であっても、他者を誘ってみたり、相手からの連絡にすぐ反応したり、孤独を嫌うようになります。

1人でできる趣味をみつけるなど、孤独の時間を大切にすべきです。人付き合いに強制力はありません。孤独はみじめなものではありません。孤独を認め1人で過ごせるようにする。孤独への耐性をつけるのは、”ゆるく”人付き合いしていく上で必要です。

強かったつながりをゆるくするわけですから、その分、自分自身と強くつながることになります。もう一度いいますが、”ゆるく”人付き合いしていくポイントは孤独への耐性です。

「孤独と不安のレッスン」を読んだ

同企画では毎回のように書籍を紹介していますが、今回も同様の手法を使わせていただきます。紹介するのは鴻上尚史著「孤独と不安のレッスン」。タイトル通り、孤独と向き合うことを推奨した本です。

鴻上氏は日本が古くから共同体社会であることに触れ、日本人は世間様というように「世間」を神としている、その世間は友達づきあいを強要する、そして、世間は近代化を経て壊れかけている、としています。

壊れかけた世間を頼って生きるよりも、1人で生きる方が苦しみが少ない。世間に忠実に生きたところで、不安はなくならないといっているのです。

というか結局、不安というものはなくならないのだから、孤独と一緒に不安とも付き合っていく必要があるとしています。

同書では、主な不安の要因となる人間関係についても、重点的に書かれています。

信頼と依存の違い

人間関係に関して書かれた部分で、特に心に残ったのが「信頼と依存の違い」です。

信頼と依存は違います。依存とは、相手の提案を無条件に信用するということです。それは、相手が「何も言わないでも分かってくれるもう一人の自分」だと決めつけることです。信頼は、相手の発言を冷静に考えながら、仮説として、相手の提案をやってみることです。

信頼はしても依存はしない。「人間は分かり合えなくて当たり前」というのが鴻上氏の主張です。人に対する期待値が高すぎると、人付き合いが苦痛になりやすいのかもしれません。

ゆるくつながることで、適切な距離感を保つ。「完全には分かり合えない」という前提のもと付き合う。ある程度、割り切った考え方が大事なのでしょう。

同企画の第3回では「仕事」をテーマに書き、「仕事に対して割り切った見方も必要」と主張しました。ゆるく生きるとは、割り切ることかもしれません。妥協というと何か悲しい気もしますが、今回の最初の章で「孤独を”受け入れる”」といったように、「受容」なんだと思います。

すべてを受容することで、ストレスを作らない。まず孤独を受け入れ、自分自身とうまく付き合う。そのうえで受容の精神をもって人付き合い
する。それが人間関係のコツです。

サードプレイスの構築

ゆるく人付き合いするコツをもうひとつ。人間関係における”サードプレイス”を作ることは大切です。サードプレイスに関しては、同サイトのメインメニューから「Third.jpについて」に飛んでいただければ説明してあります。サイト名の由来なので(笑)

日常の中で大きな位置を占める第1、2のコミュニティは家、仕事場・学校に存在すると思います。自分自身のコミュニケーションの総量を考えてみると、学生の場合は家族と学校の友人、会社員の場合は家族と会社の同僚とのやりとりがある程度占めているはずです。

そのため、第1、2のコミュニティでの人間関係をうまくやるのは非常に大事ではあります。でも、仮にうまくいかなくても、そこが世界のすべてだと思わない、周囲に広がっているコミュニティにも目を向けるべきだと考えます。

行きつけのバーやカフェでマスターなど、程よい距離にいる、利害関係のない人と話をしてみる。他愛のないテーマから家庭や会社での悩みまで、ざっくばらんに話すことで心が癒されていくはずです。

昔の友人でもいいと思います。(サードプレイスとしての友人コミュニティというテーマで以前こちらの記事を書きました)家族や会社の詳しい事情を知らない第三者が、意外といい意見をくれたりもします。

複数のコミュニティを持つことでリスクを分散する。人間関係で悩んでいる方は、別のコミュニティを逃げ場にするのもひとつの手です。

「ティファニーで朝食を」に学ぶ

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孤独だの、逃げ場だの、人付き合いをテーマにしながら暗い感じの言葉ばかり出してきました。何が言いたいかというと、目の前の人間関係に入り込んで悩むのは無駄だということです。自分がどう頑張ったところで、2人以上で成り立つ関係性の問題なのですから他者次第です。

基本的に人間関係においては、何度も繰り返すように「受容」がキーワードになると考えています。でも、例外があります。恋愛です。小っ恥ずかしい(笑)ので恋愛論は述べませんが、映画のセリフを引用して示そうと思います。

「ティファニーで朝食を」は、カポーティの小説を原作としたオードリー・ヘップバーン主演の映画です。内容について深くは触れませんが、オードリー演じる主人公ホリーは美しく自由奔放な女性。作家を目指す青年ポール(ジョージ・ペパード)がお相手です。

誰のものにもならない、自由に生きるを信条とするホリー。飼い猫にも自分に名付ける権利はないとし名無しのまま飼っています。クライマックスにはその猫を離してしまいます。でも、結局愛着があったために拾いにいくことに。

そんな彼女に恋したポールは「People do belong to each other(人は互いに帰属しあうもの)」とホリーに対しいいます。その後「誰かのものになることが唯一の幸せになる方法だ。君は檻に入れられるのを恐れている。結局自分自身に閉じこもっているだけだ」といったニュアンスの言葉を続けます。

恋愛においても受け身で冷めているのは悲しいことかもしれません。共依存というとメンヘラ臭がしますが、先に述べた「信頼と依存」の話でいえば、他者にかける信頼以上の信頼を抱ける関係が望ましいですね。

もし恋愛関係、または親友関係でいたい相手がいるのなら、逃げずにぶつかっていく覚悟も必要でしょう。

逃げるかどうか、どの程度の期待値を持つかはケースバイケース。そこの分別が1番難しいかもしれません。

一部の人と深くつながる分、ゆるいつながりもより大事になってきます。全部が全部しっかりつながっていたら疲れますから。

まとめ

・1人の時間を楽しむ
・「人間は分かり合えなくて当たり前」と頭に入れておく
・信頼はしても依存はしない
・時には昔の友人と話してみる
・恋愛では妥協しない(本当に帰属できる相手をみつける)

この辺りが今回のポイントであります。話が様々な所に飛んでしまいましたが、これらのポイントを心がけながら、ゆるく人付き合いしていくと精神衛生上いいと思います。

Minoru Sato
ゆるく生きたい20代男。編プロからライター活動を開始し、旅やITなど幅広い分野で執筆中。
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