水曜どうでしょうの面白い理由を考える – 佐々木玲二氏の著書を読んで

北海道テレビ(HTB)制作のローカル番組「水曜どうでしょう」は、2002年の本放送終了後も全国で絶大な人気を誇ります。

水どうのメンバーといえば、出演陣の大泉洋さん、鈴井貴之さん、ディレクター陣の藤村忠寿さん、嬉野雅道さんです。それぞれ、エッセイ本なり対話本を出版しているので、それらを読むと番組がより楽しめます。どんな分野でも、後日談やメイキングムービみたいな”裏側を語る”コンテンツは人気がありますよね。

最近、僕が読んだ「結局、どうして面白いのか『水曜どうでしょう』のしくみ」は、番組関係者でなく第三者である学者さんが、学術的かつ真面目に「水曜どうでしょうの面白さ」を分析した本です。著者は、カウンセリングを専門とする心理学者・佐々木玲二氏。ちょっと難しい話もでてきますが、全体的には読みやすい印象です。特に、番組を見ているファン(藩士)は番組ネタが頻繁に登場するので、思い出し笑いしながら楽しく読めると思います。

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書籍「結局、どうして面白いのか『水曜どうでしょう』のしくみ」概要

筆者の佐々木さん自身が水どうの大ファンで、自身の専門分野から番組を分析しています。中身は講義形式になっており、語りかけるような文体です。水曜どうでしょうはホッとする、カウンセリングと似ているんだという仮説で進行していきます。

同書のすごい点は、なんといっても藤村忠寿、嬉野雅道の両番組ディレクターへのインタビューを実施し、そこで得たデータをもとに話を進めている点。さすがカウンセリングの専門家です。しっかり制作者の話という1次ソースをおさえてますし、内容に納得感が増します。それぞれに2時間のインタビューを3回行ったそうです。

そしてインタビュー文からは藤村さん、嬉野さんのおなじみの声が聞こえてくるようで、純粋に2人のインタビュー集としても楽しめます(笑)これは、筆者の「しゃべり方も再現するような表記を心がけた」という工夫によるものでしょう。心理学の研究では、話のどこで繰り返したり言いよどんでいるかも大事な情報だそう。確かに、内容以上に話し方で心がわかりますよねえ。

同書の章立ては、「1 物語の二重構造」「2 世界の切り取り方と世界までの距離」「3 偶然と反復」「4 旅の仲間のそれぞれの役割」「5 結局、どうして面白いのか」「6 水曜どうでしょうとカウンセリング」となっています。

物語の二重構造というのは、サイコロや原付といった企画にあたる部分を目に見える「物語」と、その企画を成し遂げるため4人が右往左往する「メタ物語」が存在するということ。普通の番組なら裏方であるディレクターやカメラマンが存在感を出すことで、「テレビを撮りに行っている男たちの物語」も視聴者は楽しめるといいます。

2章では嬉野さんの静的なカメラワークを扱い、3章では面白い事件がありつつもワンパターンが癖になる、みたいなことを述べています。そして4章で、4人の役割を細やかに分析し、「どうして面白いのか」「カウンセリングとの関係性」とまとめに移ります。

印象に残った箇所

4章ではチーム水曜どうでしょうのメンバーをそれぞれ分析しています。その中で、2人のディレクターを比較した部分が面白かったです。

筆者によれば、2人は対照的であるそうです。対照性は大きく3つ。藤村さんが直接性の人、外側に目が向く人、時間的な人であるのに対し、嬉野さんは逆に関節性・内側に目が向く・空間的な人であるとしています。

この2人が一緒に作ることで、番組の深みが生まれるわけです。ちなみに、藤村さんと嬉野さんの出会いや初仕事、お互いの関係性についての語りも載っていました。ファンにはたまらないですね。

簡単に感想

同書の構成や内容について、インタビュー分析の手法が面白いなと感じました。よくある雑誌のインタビューや対話集と違い、なるべく編集せず話し方も含めてインタビュー文を載せる。その上で、聞き手が分析するという構成が新鮮に映りました。心理学の論文では定番なのでしょう。一般向けのコンテンツとしても面白いと思います。

水どうの面白さ、カウンセリングっぽさを自分で考えてみる

同書の内容も踏まえ、自分なりに水曜どうでしょうの面白さを考えてみます。結論から言うと、ズバリ「その場にいる感」だと思います。制作サイドも見せること、車内風景の映像などが多く観光でなく旅であること(実際の旅も移動の方が長かったりしますし)、4人の楽しそうな内輪感。これらが、視聴者をあたかも旅に参加しているような感覚にしてくれます。同書の最後の方でも「私たちは水曜どうでしょうを見ているのでなく、体験している」といった内容が書かれていましたね。

水曜どうでしょうは、いい意味でテレビっぽくないです。テレビは一方向性のメディアといわれています。しかし、どうでしょうは、視聴者も参加できる双方向性を持っていると感じます。近年、メディアの世界では、双方向性、インタラクティブというキーワードを耳にする機会が多く、主にWebの特権として用いられている気がします。代表的なのは、TwitterやFacebookといったSNSですね。どうでしょうファンは、車にステッカーをつけるなど、強い番組愛をもちます。そういったファンは藩士と呼ばれ一大コミュニティを形成していますね。今なおイベントでは多くの藩士が集まるそうです。シェアしたくなる面白さから、どうでしょうはSNS的なのかもしれません。

また、SNSと同様、Webで繁栄しているメディアがYouTubeです。どうでしょうは、YouTubeの要素も持ち合わせていると考えます。例えば、YouTubeの動画として連想しやすいものに、YouTuber(ユーチューバー)といわれる個人が顔を出し、ゲーム実況なりくだらないことなり面白おかしいことをする映像があります。これは、個人メディアであり、基本的に登場人物は1人ないし少人数、編集もそこまで凝っていません。この辺は、低予算番組であるどうでしょうと通ずるものがあります。YouTubeの個人メディアの魅力は、親近感ではないでしょうか。テレビ-視聴者というBtoC(企業対消費者)の形ではなく、投稿者も視聴者も同じCtoCの関係性であることが、友達を見ているようなホッとする気分になれます。コメント欄で意見でき、その意見を拾ってもらいやすいというのも魅力です。

また、個人メディアは、個が強く現れます。企画以上に投稿者の喋りや個性といった面白さが重要だといえるでしょう。というか、企画を考えるのも投稿者なのですが。この点、水曜どうでしょうには、大泉洋という天才がいます。彼のリズミカルな喋りや発想力の豊かさ、ものまねのレパートリーなどは、間違いなく番組に不可欠です。どうでしょうは大泉洋ありきの番組といえると思います。

話は逸れましたが、90年代にローカル局の作ったテレビ番組が、近年普及したTwitter、Facebook、YouTubeといった最新メディアの要素を持ち合わせていることはとても面白いと感じます。ある意味、水曜どうでしょうは面白さの最先端をいっていた番組なのではないでしょうか。

「その場にいる感」は視聴者をも許容する「ゆるさ」によるものだと思います。そして、ゆるい許容がカウンセリングっぽいのではと。これは、同書の結論とはちょっと違う自分の考えです。個人的にも番組を見ていて、癒された経験がありますからね。

考察してみると、適当な番組に見えて(失礼ですね)、よく作られているんだなと感心します。そして、こんな記事を書いていると不思議と番組が見たくなります。じつは、僕、色々書いといてまだ10作くらいしか見ていません。ハマったのも結構最近です。まだまだ、見るべきシリーズがたくさんあります。

1番最近見たのは、「激闘!西表島」。ガイドのロビンソンさん面白すぎました。レギュラー陣、そして安田さんに加えて、ガイドも面白いってのはズルイですね(笑)次は何を見ようか。

Minto
ゆるく生きたい20代男。編プロからライター活動を開始し、旅やITなど幅広い分野で執筆中。
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